「beach storyのお話21」別れ
なんだか強いノックの音がした。
朝っぱらから誰だよ 怒
と、同時に一緒に働くバイトの、のんちゃんから
電話が鳴った。
なんなんだよ、このタイミング…
俺:「ちょっと待ってくださーい。」
とでかい声を出して、とりあえず電話を先に出た。
電話先の内容は、
のんちゃん:「いっくんが死んじゃったんだって…」
俺:「はぁ?あー、昨日は遅かったし疲れたから、
そりゃ死んでるだろ笑 俺も今まで死んだように
寝てたし 笑」
のんちゃん:「そうじゃなくって、本当に死んじゃったって。
今ホテルに警察の人も来てるって……」
俺:「なんか窃盗でもあっただけじゃねーの💦?
だいたい誰情報だよ?ってか、部屋の前に
誰かいるからちと折り返すわ」
のんちゃん:「うん、分かった…」
俺より年上のくせに毎度おっちょこちょいのこいつは
相変わらず意味の分からんやつだ。
ドアを開けたら
普段以上に愛想のないマネージャーが
立っていて、一言
マネージャー:「いっ君が亡くなったよ…」
ものすごく長く感じた10秒ほどの沈黙の後、
俺:「あのー、何言ってんすか?今の電話もそうだけど
昨日って俺ずっと一緒にいましたよ笑」
正直、俺はまだ寝ぼけてる感じで頭もさえてなかったけど
さっきの、のんちゃんとのやりとりが頭の中を巡ってくる。
(そうじゃなくって、本当に死んじゃったって……)
二人の話をまったく信じていないのに今までに
感じた事の無い恐ろしいまでの緊張と焦りがしずかに心を
動揺させていき、気を抜いたら頭の中が白くなり、視界が
奪われていくような感じ。初めて経験するこの精神状態。
マネージャー:「一緒にいたのなら、yoshi君と別れたすぐあとだよ。」
その後もマネージャーは何か話が続いてたけど、
正直何も覚えてない。頭の中は、いっ君と昨日一緒に
仕事してた事とか、初めて会った時の事、昨日の
別れ際の事、先週くらいに一緒に飯食ってた時などなど、
俺といっ君との思い出の時系列はバラバラに
フラッシュバックだけしていた。
マネージャーの一声で我に返った。
マネージャー:「こんな時に辛いけど、今警察が来てるから、
着替えてすぐに事務所に行って事情聴取を受けて来て。」
俺: 「………、分かりました…。」
数十分後、着替えて、ホテルに向かった。
着替えてる最中、完全に否定したい気持ちが強かったのか
信じられないからなのか涙なんかまったく出てこないし、
ってかいっ君が、俺に仕掛けたいたずらだろみたいな感じに
なってきて勝手に1人で納得して、いっ君はもう、
来てて、働いてるんだろ!そんなノリでホテルに向かった。
のんちゃんと合流し、ホテルに向かうと
実際に警察は来ていて、事務所に入ると
マネージャーも、支配人も副支配人もいて、
1人の警官が話を始めて内容を聞かされた。
死因は、バイク転倒による脳挫傷即死。
場所も聞かされた。
いっ君と出会って、その日に仲良くなって散歩がてら
1番最初に教えてもらったスーパーのすぐ先。
事故にあった時間は、俺と別れてから
数分後くらいだった。
あとの話は、これもまた正直あまり覚えていない。
支配人からも色々話をされたし、聞かれた事も
あった。とうぜん警察の方からもそれ以上に聞かれた。
あとは、下向いたまま色々なことが頭を駆け巡り
ほぼ話は聞けていない状態だった。
のんちゃんにいたっては何語を話してるか分からない
ような言葉で泣きながら何かを言ってる。
未だに全員が嘘を付いてるとしか思えない俺は
ここの空気感にも耐えられないし、会話はすぐに
止まり全員が沈黙状態になる。俺は苛立ちながら
俺:「俺、もう仕事の時間なんで、行きますね。」
誰にも止められなかったから、俺はそのまま
勝手に出て行った。
誰が見ても俺の態度は悪く警察の方にも目上の
上司やマネージャーにも横暴な態度だったと
思うし、今思えば、俺はこの場から逃げだした
だけなんだよね。
そして本当ならいっ君は俺より30分先に
出勤しているはず。
でも、やっぱりいっ君の姿はないし
いつものいっ君のバイクも見当たらない。
なのに、未だに信じられていない。
これも、ただ信じたくないから
感情が受け入れなかっただけなんだろうな。
いっ君がいないまま、いつも通りの仕事を
いつもの様にこなして、昨日見かけた
お客さんが今日もいて、いつしか見なくなり
それが日々ループする。いつも通りの光景なのに、
仕事中、誰もその話にはふれず、どこかよそよそしく
明らかに普通を装っている異様な緊張状態。
この島に来てから、こんなつまんねー仕事は
今日が初めてだ。
誰もその話にはふれないから、相変わらず
さっきの事務所の話も本当だったのか夢なのか
疑問に思えてくる。そうなるとなぜか、機嫌が異常に
悪くなり、どこにもぶつけようのない怒りにも変わってくる。
俺の性格の悪いところだ。
基本業務が終わり、必ずいっ君と作業する
男の仕事を始めて、1人で作業をして、ふと
振り返った時にいつも必ずいるいっ君の姿が
なくて呆然と立ち尽くした。
………………
昨日のいっ君との別れ際の言葉。
「 ………、yoshiさん寝坊しないでくださいよ!!」
頭の中に、ふとだけどたしかに聞こえた。
俺といっ君の最後の会話で、きっとそれがいっ君の生涯、
最後の言葉だったのかな。
「寝坊なんかしないで俺ちゃんと来てるじゃん。ってか
ここで働いてて寝坊なんかしたことねーよ、お前こそ寝てないで
早く起きてこいよ。1人じゃ、この仕事大変なんだよ」
聞こえたはずの声は頭の中で響いただけだったんだな。
いっ君がここにいない状況を目の当たりにして
俺の感情がとうとう受け入れたのか初めて涙が
溢れ出してきて、目の前のビーチにまで逃げた。
「………………………………、
いっ君、昨日あのすぐ後に 本当に死んじまったのかよ…。」
あの時、引き止めていつものノリで
強引にでも引き止めていれば…
むりやり一緒にいて、いつものバカ話を朝まで
していれば…
人に突然訪れる、自分にとっての「悲しみ」等の
衝撃は、それによって極度な緊張と焦りが全身を襲い、
体の力を抜き去っていき、自分を完全に見失い、
これまでの事を全て後悔し始め、全てにおいて否定
をし始めて行く。
これが地獄に落ちる瞬間なんだ。
悔しくなり、悲しくなり、辛くなりどうしていいのか
なんて何も分からない。「どうして」「なぜ」が
呪いのように頭の中に繰り返されるだけ。
その夜、マネージャーから今日なんかに、いっ君の
自宅に行ったら迷惑かかるから、向こうの気持ちも
考えて行くなと止められた。
たぶん、これはマネージャーの指示じゃなくて、
もっと上の責任者にでも言われたんだろう。
マネージャーが、俺に
「これ俺の車の鍵だけど、俺はまだ仕事あるから
寮に戻るなら、俺の部屋に、もどしておいて。
勝手に使ったりするなよ。」
一瞬、間があったけど、マネージャーの目を見て
納得した。
「……分かりました。」
鍵を受け取って、マネージャーに初めて心から感謝した。
会った頃から無愛想なのは、顔だけで当初は二人しか
いない俺といっ君の面倒を見てくれてきた人なんだよな。
頭を下げて、いっ君と特に仲良かった俺と3人で
車を勝手に使用し、いっ君の自宅に向かった。
「story22に続く」
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